STIX信奉のリスク

現在欧州で売られているプロダクションボートのほぼ全てが、デザインカテゴリーA(STIX 32以上)で、外洋適格になっている事を先週書いた。

今日はその事が、逆の形で、最近の中大型艇のデザインに影響を与えているのではないかという事について書いてみたい。

最近の、中型以上のセールボートの特徴として、幅広のスターン、広いコックピットとダブルラット、センターテーブルが挙げられると思う。これは、羨ましいほど使い勝手が良いし、当然その下のキャビンも広く取れるので、言う事なしだ。それに、これらの艇は全てSTIXやAVSの値を余裕でクリアしていて、外洋適格なのだけれども、一抹の不安として、この形状で180度のインバージョン(完全倒立沈)を喰らったらどうなっちゃうんだろうというのがある。

そこで、デザインが変わると、スタビリティーカーブにどういう影響があるかの例として、Horberg Russy40について、2018年まで売られていた旧モデルと、現在モデルの400のスタビリティーカーブを比べてみる。

まず、旧モデルのHBR40は、AVS(復元力喪失角)130度、最大RM(復元力=復元テコx排水量)7500Kgf*m。

現行モデルのHBR400では、AVSが127度、最大RMが8400Kgf*m(いずれも light shipで比較)。

正の復元力に関する限り、両者は同等か、現行モデルの方がむしろ復元力は高い。ただ、問題は、完全倒立状態での安定性(変な言い方だが…)だ。現行モデルでは、グラフの負の部分。つまり一旦180度ひっくり返った時の、負の復元力(起き上がりにくさ)が旧モデルよりもかなり大きいのだ。

これらのグラフの正の部分と負の部分の面積を、原始的にマス目を数える方法で足し合わせてみると、旧モデルでは、各々約60,900*π/18と -10,300*π/18 なのに対して、新モデルでは約67,800*π/18 と -17,600*π/18 になっている。

この正負の面積の比率が何を意味しているかと言えば、ボートが正の復元力を超える風波の力でひっくり返されたときに、その何%の風波があれば正立する方向に再度ひっくり返るのかという事である。要は、旧モデルでは、ひっくり返された時の約17%(6分の1)の力で再反転するのに対して、現行モデルでは約26%(4分の1)の力が必要だということだ。

なお、ここでHorberg Russyのボートを例に取らせて貰ったのは、同社が旧艇も含めてスタビリティーに関する情報を積極的に開示してくださっているからで、この現行モデルも含めて設計は非常にコンサバティブだ(それだけ安全性に自信があるから開示できるのだろうと思う)。どことは言わないが、フランス製で、全長50ft(15.9m)に対して、全幅が4.85mもあり、こいつはカタマランか?と見紛うようなボートが売られているが、この場合、負のスタビリティーは、HBRなどに比べてはるかに大きいのではないかと思う。

STIXとデザインカテゴリーが導入される前は、ボートが大きくなればなるだけ、安定性が単純に増していたのだろうと思う。一方、導入後は、先週も書いたように、全長が長くなればなるだけデザインカテゴリーのハードルが低くなるフォーミュラの構造上、その余剰分がオーバースペック扱いされて削られ、居住性の方に振り向けられている可能性がある。

件のフランス艇だって、これだけ長く、重く、幅が広い(フォームスタビリティーが高い)と、滅多なことで転んだりしないのだけれど、次のようなヘビーウェザーセーリングの記述もある。

(水槽テストの結果によれば)どのような船型やバラストの組み合わせも、ヨットの全長の55%の高さの砕波では、転覆させられることに抵抗できなかった。それどころか、すべてのヨットは、LOAの35パーセントの高さの砕波にちょうど悪いタイミングで遭遇すれば130°までヒールしてしまった。(Bruce, Peter. Heavy Weather Sailing 7th edition p.23)

この問題は、普通に沿岸、沿海をセーリングする場合、過剰に心配する必要はないと思うが、自分のボートの特性を十分に理解しておくことはとても重要で、すごく転びにくいけど、転んだら大変というボートの場合は、それに応じた荒天対策が必要になる。例えば、カタマランは、荒天時でもライングアハルは避け、船を止めないでできるだけ走り続けるのが良いとされている。そういう点は、事前に十分にシミュレーションしておいた方が良いと思う。

【ご参考】
荒天帆走のタクティクスについて、ヘビーウェザーセーリングの内容を紹介した過去記事:https://yachtakane.com/archives/31695930-2.html

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