究極のクルージングボート

みんな知っていることだが、究極のクルージングボートなんて無い。

だからこそ、用途次第で、何を優先して何を諦めるのかが大事になる。もし世界一周を目指すならば、大きければ大きいほど良い。同じ世界一周でも西回りで、フリーの帆走中心のコースをとるなら、カタマランが魅力的だ。

ここでは用途として、日本の沿海を中心に、たまには小笠原や沖縄へも足を伸ばす船で、乗員はシングルまたは、多くても2-3人のショートハンドという前提で現実的なボートの選択を考えてみたい。

さて、どんなヨットが理想かという話になると、10人いれば10個の意見があるのだけれども、かなり乱暴にまとめてしまうと、結局、軽くてスピードがあり、小さくて取り回しが良い船を良しとするのか、大きく重くどっしりして安心感があるのを良しとするのかという問題に帰結する。

この問題に関しては、野本先生がご存命のうちに一つ質問させて頂きたかったことがあった。それは、先生がスピンナヤーンでシルバーエイジに勧めておられる、ファルマスカッターのような重排水量艇の是非だ。

僕は、春一番IIが上架されているのを見たことがあるが、春一のハルは、その独特な水線上の形状とは裏腹に、非常に素直なラインをしており、深めのフィンキールとセパレートラダーがついた、中排水量の船型だった。

先生は、離着桟や抜錨まで帆走のみで行うという徹底ぶりだったが、それは機敏に動ける春一だからこそできる技で、ロングキールの重排水量艇ではとてもそんな真似ができるとは思えない。

それに、ロングキール艇は上り性能が悪い。勢い、上りのリグではエンジンの出番が増えるだろう。強風下で風下にショアを抱えて、エンジンに頼って走るなんてぞっとしない。

先生は、当時はまだ壮年だから軽めの船で機敏に操船するが、もう少し歳を取ったら、「船が乗り手を助けてくれるような」重排水量艇に乗り換えようと考えておられたか、それとも一般人には先生の境地は望むべくもないので、君たちは良い歳になったら重排水量艇にしておきなさいということだったのか。そのあたりも含めて是非聞いておきたかった。

これとまったく逆の主張をされているのは、日本人初のケープホーナーと思われる青木洋さんだ。彼は、「重い船が安全でクルージング向きだというのは迷信だ」と言い切る。「スピードは、安全も含めていろいろなものに換算できる大きな財産である」とも(KAZI 2005.5)。

これは理屈としては正しい。しかし僕自身は、これはあまり現実的ではないと思う。僕が以前乗っていたのと同型船のエスプリデュバン(30ft)で、去年見事に太平洋往復を果たされた古賀道明さんは、外洋に出るための改造、装備、食糧、水などで、出港時の実排水量が5.8トンあったとおっしゃっていた。エスプリは、いわゆるクルーザーレーサーの量産艇で、設計排水量は2.8トンである。2倍の重量増加は非常に危険だ。

青木さんに言わせれば、GPSやレーダー、AISや衛星電話、無線機などを欲しがるから、さらにそれらを駆動させるためのソーラーパネルなどで、どんどん船が重くなる。そんなものは最初から全部無駄だということなのだろう。それは一つの理想ではあるのだが、実践は極めて難しいと思う。

そうなると、理想は、決して軽排水量ではないがロングキールの重排水量でもない、フィンキール、セパレートラダーの中排水量艇というところに落ち着くのだが、実際には量産艇でそのような艇を探すのは難しい。現実的な選択としては、不可避の重量増加にできるだけ耐えられる船ということになり、軽排水量のプロダクションボートしか選択肢が無いのが実態だとすれば、操船に困らない範囲で船をできるだけ大きくするしかないのではないか。

この問題についても、デザイナーや乗り手によって大きく意見は割れる。前出の青木さんだけでなくヨットデザイナーの大橋且典さんなども、人ひとりで取り回しできる大きさとして、30フィート以下ということをおっしゃっている。

一方、林賢之助さんは、ある講演会で、「日本近海の海況は30フィートではちょっとしんどい。33フィートぐらいになると、急に安定度が増すように思う。」と述べておられたが、僕も全く同じ感覚を持っている。

とは言いつつ、瀬戸内海を巡航して回っていると、僕が今乗っている36フィートでもなかなか取り回しが大変だと感じることが多いのも事実だ。

もしヨットを贅沢に2台持ちできるのならば、28フィートぐらいのデイセーラーは素敵だと思うが、我々サラリーマンが2台持ちできるわけもなく、どちらか一台にする選択を迫られる場合、やはり大きい方に合わせざるを得ないのではないか?

古賀さんの3トン増加は極端にしても、野本先生も装備で1.5-2トン程度は重量が増えるものだ(春一で満載排水量7トンぐらいだと思う)とおっしゃっていたので、あまり根拠はないがその比率でいくと、重量増加を1トンに抑えられるなら4トン、1.5トンになりそうなら6トンぐらいの船。つまり、軽排水量の量産艇なら33 – 36フィートぐらいが現実的な選択になるのではないかと思う。

それにしても、36フィート、軽荷排水量6.5トンの自艇の場合、水と燃料で300kg、アンカー3つとチェーン100mで180kg、工具と補修部品で50kg、予備のセール40kg、ビールとワインで???と足していくと、1.5トンに抑えるにはかなり余裕が無い。エアコンやウオッシュレットを諦めるのは別に未練が無いが、一人で小笠原へ行くならレーダーが欲しいのが悩みどころだ。

2017/6/22

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