全長9.5mはヨットデザインの壁?

グラフは、全長15メーター以下のプロダクションヨット300艇の全長と排水量を散布図にしたものだ。
データは、”RYA Stability List” (*脚注)から頂いて、筆者がグラフ化した。

長さ排水量とDesignCatの相関
当然に右肩上がりのグラフになり、理論的には、排水量は全長の3乗で増加する筈だが、これを見るともう少し小さい指数となるようだ。その理由は、大型化によってスタビリティーや居住性は必然的に向上するので、その分、幅を絞って性能の向上に当てようとするデザイナーの意図が働くのではないかと思う。Excelに近似線を引かせてみると、排水量の増加率は、全長の2.78乗ぐらいになる。

また、このデータベースには、全長、排水量、帆面積等だけでなく、AVS(復元力喪失角)、STIX(スタビリティーインデックス)、ISOのデザインカテゴリーも掲載されている。
これらの指標は、小型帆船の安定性と浮力に関する国際標準ISO12217-2に基づいて算出されたもので、カテゴリー分けは次の通り:

Category A: 
 外洋適格。ビューフォート風力階級10以下の風波のなかで運用されるようにデザインされ、より厳しい状況でも生き残ることができる。最大風速は28m/sが想定されている。

Category B: 
 沿岸クルーザー。有義波高4m、ビューフォート風力階級8以下の風を想定してデザインされ、最大風速21m/sが想定されている。

Category C: 
 有義波高2m、ビューフォート風力階級6以下。以下省略。

Category D: 
 有義波高0.5m、ビューフォート風力階級4以下。以下省略

そこで、散布図をカテゴリー毎に、Cat-Aを赤、Cat-B,Cを黄色、不明をグレーで色分けしてみた。これを見ると、大きい船の方がCat-Aを取りやすいことは当然なのだが、Cat-Aだけの傾向線を取るならば、全長9.5mぐらいまでは、ほぼブルーの近似線に沿って変動し、それ以下になると近似線を離れて左肩上がりの傾向となる。
つまり、船をダウンサイズしていったときに、9.5mまではあまり極端なデザインを取らなくても、Cat-Aが取れるチャンスがあるが、それ以下になると、かなり工夫が必要になるという事なのだろう。

以前、ヨットデザイナーの林賢之輔先生から、「日本近海は30ftではちょっとキツい。もう一回り大きいと随分楽になる。」とお聞きしたことがある。自分はこれは乗る側の感覚の話だと思っていたが、これを見ると、先生がおっしゃっていたのは、設計者の立場として、全長9mでは設計上の苦労が多いという意味だったのかも知れない。そう言えば、野本先生の春一番IIは、全長9.2mだが、排水量が6トン以上あって、傾向線のはるか上に飛び出している。

但、ここで強調しておきたいが、普通にクルージングするのに、船がCat-Aでなければならないということは決してないことだ。
単にコケにくいとはいえるかも知れないがそれだけの事。25ftぐらいのハンディーな船で日本中を周航されておられる方はいくらでも居られるし、もっと言えば、堀江さんや鹿島さんが太平洋を渡られたキングフィッシャーは、何と19ftしかなかった。
とはいえ、自分の船がこのグラフのどこに位置付けられるのか?それと、AVS、STIX、Categoryなどのデータは、知っておいた方が、万一荒天に巻き込まれた時に対処しやすいとは言えるかも知れない(**脚注)。

* ”RYA Stability List”  (https://www.boatdesign.net/attachments/stability-list-rya-080201-xls.66663/   なお、いきなりEXCELファイルがDLされるのでご注意下さい)。
2008年のデータで決して新しくはないが、これだけの数の艇の要目を網羅したリストは貴重だと思う。リストには約400艇のデータがあるが、全長15メーター以上と一部データが不明のものを除くとn=300となった。

** EUでは、1998年以降に販売された船にはデザインカテゴリーの表示が義務付けられている。なお、上記のDB以外にも、IRCが最新のリストを公表している。
https://ircrating.org/wp-content/uploads/2019/01/STIX-verified-data-web-200615.xlsx
(ここもいきなりExcelファイルがDLされます)

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