ヘビーウェザーセーリング第7版

荒天帆走のバイブル、「ヘビーウェザーセーリング」は、英語版では第7版が最新で、舵社が1981年に出した日本語版の底本となった第3版からは、内容も構成も全面リニューアルしている。

因みに同書は、アドラードコールズ氏がご自身の経験と共に、多くの極限的な嵐を乗り切ったヨットの事例を広く集め、その中から生き残れる確率の高い荒天タクティクスを評価検討したものであり、英国はもとより世界中のヨット乗りの間で荒天帆走のバイブルとされているのは当然と言える。

第7版では、コールズ氏の業績を引き継いだピーターブルース氏が著者となり、前半の第一部が荒天帆走についての理論、後半の第二部が事例集と整理された他、取り上げる事例も当初のものとは殆どが置き換わっていて、最近の中軽排水量のモノハルやカタマランが多く加えられている。

同書では当初から、最適な荒天タクティクスは、海況、船のデザイン、乗員の数や練度によって違うという、コールズ氏の基本的な考えを受け継いでいて、採用可能なタクティクスを、あまり優劣を決め付けず網羅的に紹介しようとする姿勢が見られるが、それでも長所・短所の検討や成功・失敗の豊富な事例から、一定の結論を指し示しているように思う。

正確な情報は原著に当たってご確認いただきたいが、自分が読み解いたおおまかな結論は次の通りである。

採用可能なタクティクスは、次の7つ:

  1. ビーブツー(Heaving-to)
  2. ライング・ア・ハル(Lying a’hull)
  3. エンジンの使用(Use of engine)
  4. ランニング(Running before the sea)
  5. ロープ流し(Running with warps)
  6. ドローグの使用(Using drogues)
  7. シーアンカー(Using parachute sea anchors)

これらのうち、1.のヒーブツーは一定程度までの海況でのみ取り得るタクティクスであり、また、5.のロープ流しと6.のドローグは、4.のランニングで走り続けるタクティクスの一種である。但、ドローグのうち、シリーズドローグ(後述)については、むしろシーアンカーに近い使い方をする。3.のエンジンの使用は、第4版まででは一顧だにされておらず、まともなヨットマンは最初から考えもしないタクティクスと考えられていたが、再評価されている。

それでは、タクティクス毎の優劣を見て行こう:

ライング・ア・ハル(△)
まず、ライング・ア・ハルというのは、セールを全部取り込んでしまい、ティラーは風上一杯に切って固定、キャビンに籠ってひたすら神仏の御加護に頼るという方法である。この場合、水槽実験によると、波の高さが一定以上になれば、必ずキャプサイズ(180度の倒立沈)する。AVS(復元力消失角)が充分に大きい場合でも、キャプサイズ自体を免れることはできない。起き上がりやすいだけである。また、事例集でもライング・ア・ハルしていて、キャプサイズした例が多く出てくる。

シーアンカー(△)
シーアンカーとは、パラシュート状のものを、船首から流し、水の抵抗で風上に向いて安定させようという作戦である。実際にそれで乗り切った例もあるが、水槽実験では、一定の波高以上では効果が失われキャプサイズすることがわかっている。波でパラシュートのロードが緩み、船が波と平行になったところに巻波を喰らうのが原因のようだ。

シリーズドローグ(〇だが、デメリットも)
日本では見たことがないが、シリーズドローグというのは、丈夫な布でできた小さめのコーン状の抵抗物を何十個も繋いだもので、船尾から流す(シリーズドローグの説明はここ;https://www.yachtingworld.com/features/a-jordan-series-drogue-63180)。
シーアンカーよりも、シリーズドローグが有効であることが、水槽実験でも口コミでも証明されている。これを使うメリットは、操船者が必要なくなることである。ただ、この場合に問題となるのは、風下を向いて速力1.5-2ノットで安定するので、プーピング(pooping 船尾への波の打ち込み)を喰らう可能性が高いという事。センターコックピットには最良の選択肢かも知れない。

ランニング(〇だが条件を選ぶ)
最も有効なタクティクスはランニングであると思われる。但、いくつかの条件があり、

  • 風下にショアまで十分なスペースがあることは絶対条件
  • 誰かがティラーについていられる事が必要(小生の意見は後述)
  • スピードが出過ぎると、波頭でラダーが浮いてコントロールを失ったり、前の波に突っ込んでバウ沈(Pitch-pole)したりする。したがって、スピードをコントロールするために、ライン(warp)を流してコントロールする。ラインは、波長の1.5倍以上、100m以上必要。さらにそれでもスピードが出過ぎるならドローグ(布や樹脂製でコーン型の抵抗)を使用すべき。しかし、スピードを落としすぎることはむしろ危険である。波の谷間で行き足がなくなると舵効が失われ、真横を向いて危険な巻波を受けてしまうリスクがあるからである。
  • 波の谷間で停止して舵が効かなくなる事を防ぐために、エンジンを使用する事は検討してみる価値がある。

これらを基礎知識として、最後に自分ならどうするか考えてみたい。

  1. まずはヒーブツー
    これは、今でもよく使う。少々吹いていてもヒーブツーしてご飯を食べたりする間は静かなものだ。ただこの方法では、一定の風波以上になると凌ぎ切れない事は感覚でわかる。
  2. ランニング
    辛坊さんが三陸沖で低気圧に捕まった時の映像が参考になる。ジブを完全に巻き取れず、少し開いてしまった状態で8ノットから10ノットぐらいで風下へ走っていたが、思いの外安定していた。操舵はオートパイロット任せ。10ノットはどう考えても出し過ぎで、まずはベアポール。それで抑えきれなければラインやドローグを流して、5−6ノットを維持することを試みるべきだ。自分が外洋へ出るとすれば、まずシングルだろうから、永遠に舵を取り続けることはできない。しかし、オートパイロットのリモコンを抱えて、キャビンに籠り、30分単位で寝たり起きたりしながら風下へ走り続けることはできるはずだ。
  3. エンジン
    さらに海況が悪くなると、波の谷間がブランケットになり、行き足がなくなって舵が効かなくなる現象が起こるらしい。その時に、エンジンで前進の推力があれば舵が効くので、巻波を真横から受けるリスクを減らすことができる。プロペラにロープを巻き付けないことだけは気を付ける必要がある。
  4. 風下にルームが無い場合
    考えるだに恐ろしいが、もし風下にルームが無い場合、シーアンカーが現実的
    でないとすれば、①最小限のセールで上り続ける(うちはブームファーラーだからハンカチ程度にセールを出すことも可能)、②エンジンを使って風波と約30度程度を保ってゆっくり走る(商船などはこの戦略で凌ぐ)、③エンジンと小さなトライスルを併用してヒーブツーで凌いだという事例があるのでやってみる などを、順次試して見るしかなかろう。いずれも厳しい海況で通用するのかどうかはわからないが、他に選択肢が無いのだからやってみるしかない。

まあそうは言うものの、何とかそういう目には一度も会わないでヨット人生を終わりたいものだとは思う。

【追記】
In the pontoon bridgeさんが、14年も前にこういう記事を書いておられるのを見つけました。筆者の家永さんという方は、既にヨットを引退されているみたいですが、このブログ本当にためになります。
シーアンカーとドローグ:https://karano.exblog.jp/5824074/

コメント

  1. Aurora より:

    いつも研究熱心で感服します。因みに、アメリカではLegend的な存在のSailors, Lin and Larry Pardeyの本やビデオご存知でしょうか?実際のクルージングに基づいたもので私にとってはバイブル的なものです。高齢でLarry Pardeyは亡くなっていますが、奥さんのLinは健在です。

  2. Koji より:

    >>1
    ご紹介感謝致します。この本でもLin & Larryが、パラシュートアンカーを使ってケープホーンで嵐を凌いだ手記に一つの章が割かれています。9mの船でケープホーンに行っちゃうなんて凄いですよね。

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