鍛造の唐人錨

広島県の鞆にある鉄工所が、伝統の鍛造技術で和錨を生産しているのをテレビで知り、ついつい唐人錨を衝動買いしてしまった。

製作はこんな様子。(NHK 小さな旅「潮待ちの港 時を刻んで ~広島県 鞆の浦~」から)

うちのは唐人錨で写真の4つ爪錨とは違うが、いずれも熱した鉄を叩いて作った手作り品。芸術品というにはかなり無骨な作りだが、鉄板を溶接して大量生産したような洋式の錨とは存在感が違う。塗装は特注した亜鉛のドブ漬けメッキ。

ただ、重さは10kgしかないのに相当でかい!しかも、唐人錨は、この真ん中の穴にフルークと直角に、長い木のかんざしを差し込んで使うから、その形のまま船に積むのはかなり無理がある。さて、どうするかそのうちゆっくり考えよう(先に考えてから買えよ!)

ところで唐人錨が欲しくなってしまうのは、別にかっこ良いからだけではない。用途にもよるが、実用的に最も信頼できる錨だと思っているからだ。

唐人錨は、いきなり引けてしまう(走錨してしまう)事は無い。元々、あまり把駐力係数の高い錨ではないので、一定以上の力がかかると引け始めるだろうが、地面と一緒に、又は地面を引っ掻きながら少しづつ滑る感じになる。ダンフォースとの比較を図にすると(あくまで自分の体感図)下の通り。

ダンフォースは、同じ重さならば唐人よりも大きな力に耐えるが、耐えきれなくなるといきなりスポンと抜け、その後はイカが海中をすべるように、ヒラヒラと走錨していく。二度と掛かることはない。
これが怖い訳だ。アンカーアラームをセットしていたとしても、アラームが鳴ってから対処するための時間は極めて少ないと考えるべきだ。
その点、唐人なら、アラームが鳴る前にだいたい船の挙動で引けだしたことがわかる。バウが左右に振れず、アンカーラインをピンと張った状態で風波と一定の角度を保っていればこれは引けている。ただ、ズルズルと抵抗しながら引けているのであれば、対処の時間も取れるというものだ。

それと、底質による優劣もある。唐人は底質を選ばずそこそこに効く。柔らかい底質にめっぽう強いが他はからっきしというダンフォースとの違いは明確だ。
因みにデルタ(以前の主錨)、スペード(現在の主錨)、マンタス(副錨)ではいずれも走錨した経験が無いのでわからないが、多分唐人とダンフォースの中間ぐらいの挙動を示すのではないかと思う。
唐人のメリットはまだある。可動部分が無いのでフルークとシャンクの間にものが挟まる心配がない(ダンフォースはこれが一番怖い)、スコープは充分取れれば取った方が良いのは当然だが、無ければ無いなりの効き方をする。
そこで、これらの特徴を最も活かせる用途は、岸壁への槍付けをする時の船尾錨だと思う。
通常は(台風避航などは別として)港で強烈な力に耐える必要はない。底質を選ばない事、狭い港でスコープが取れない場合でもそれなりに効く事など、これほどこの用途に適した錨は無いのではないかと思う。(そういえば野本先生も船尾のパルピットに唐人を引っ掛けていた)。

唯一の難点は、船上での格納場所。そこに尽きる。ただ、これが強敵でなかなか解決できそうな気がしない。

家内からは、「庭のオブジェにしても良いよ」などと、従来ではあり得ない優しいお言葉を頂いたわけだが(いつもならば「早く捨てて来なさい!」)、いやいや使ってあげないと、鉄を丁寧に鍛造して作ってくださった職人さん達に申し訳が立たない。さてどうしたものか。

【1月18日追記】

ホームセンターで買ってきた角材を削ってかんざしを作って入れてみた。

塗装は亜麻仁油。繰り返し塗り込むと、木に染み込んで、表面に厚い硬化部が出来る。確か野本先生は、春一番の木のマストには亜麻仁油を塗り込んでおられた。

ただ、このかんざし、杉材なのでちょっと強度的に不安。これは観賞用にして、実用はステンレスパイプを検討しよう。

【ご参考】
この鍛造錨を製造されている鉄工所さん:

株式会社 三暁 (Sangyo) 
〒720-0202 広島県福山市鞆町後地26-179
https://sangyoco.co.jp/

コメント

  1. O川 より:

    これが年末の散財リストに載るより先に、ヨットにこの錨が乗る事をお祈りします。
    やっぱり収納がねぇ…
    そう言えば、ダンフォースのいきなり抜ける、唐人の粘ると言う特性の違いは工作する時の素材選びなんかにも似たような事がありますよね。
    丈夫で軽いけど、一定の力で一気に割れるカーボンにるか、錆びるし重いけど破断するまで曲がって耐える鉄にするか…とか。

  2. Koji より:

    >>1
    すごくそう思います。アンカー以外では、リギンやライフラインですね。ハイテク繊維の方が明らかに破断荷重が高いのですが、どこまで紫外線にやられて弱ってきているのか、外からでは見分けがつかないのではないかと思うのです。スチール(ステンレス)のより線なら必ず先に素線切れを起こしますからね。

  3. 市林法行 より:

    フェイスブックでもお邪魔しましたが、中々我が業界の鍛造は知られざる業界なので、取り上げて頂いて感謝しております。
    作り方は私がお邪魔した10年以上も前ですが、切れ端の鉄板を重油炉で加熱したら、2枚目の写真の奥にある「エアハンマー」という機械で伸ばしていきます。
    冷めてきますので、何度も加熱炉に投入して鍛造できる温度にして鍛えて行きます。
    だから、鍛造品は強いと言われています。
    FBにも書きましたように、二つの釣り針状にしたものを、少し温度を高めに加熱して(1200度以上)二つを重ねてこのエアハンマーで叩いて鍛圧します。
    横棒を入れる部分も平板を同じように鍛圧して一体物にします。
    とにかく職人だけが成せる業ですね。
    収納について書かれていますが、使用時は横棒(大体木製)に中心辺りに穴をあけて、ピンかボルトを両方から差し込んだら、使わない時にはコンパクトになります。
    ところで、ゴルフのアイアンも鍛造と書かれていましたが、東広島の鍛造会社では大手のM社のアイアン製造が全国一なんなんですよ。
    お邪魔しました。

  4. Koji より:

    >>3
    コメントありがとうございます。無骨な錨ですが、左右のフルークは鍛接してあり、シャンクの先端の穴も曲げつけて作ってあります。昨日ヒマだったので、木製のかんざしを削りました。ビジュアル的にはこっちですが、実用なら、塩ビが鉄管の取り外し式でしょうね。試行錯誤してみようと思っています。

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