カテナリーは信用するな! - アンカリングの科学

カテナリー(曲線)とは、ロープなどの両端を持った時にできる曲線だが、もしヨット・ボート乗りがネット上のフォーラムでこの件について大激論していたら、それは、アンカーチェーンの垂れ下がりがどの程度アンカーの効きに影響するかという問題について論じていると考えて良い。
本件は昔から論争の種になっているようで、「チェーンは重い方が良い」、「いや、ムダだから軽いチェーンでその分アンカーに重量を」、「ロープでもチェーンでも差は無いのでスコープを取る事が大事」などなど、喧々諤々。その場にいれば取っ組み合いの喧嘩でも始まりそうな勢いである。

ただ、この問題は、もう結論が出ているようだ。カテナリーは一定以上の強風下では、アンカーの把駐力に寄与しない。それは、野本先生のスピンナヤーン第4章に、詳しい計算根拠と共に記述されている。自分はこれまで数式とグラフで目がチカチカしてしまい、この章を読み飛ばしていたのだが、今回、自艇の装備に当てはめて、きちんと計算し直してみた。

詳細な結果は最後にまとめて示すが、結論的には次の通り。

  1. カテナリーはスコープ3倍ではあっという間に失われてしまい、風速20ktでも既にチェーンが海底で引きずる部分が失われて、アンカーは2度弱ほど引き起こされる(以下、この錨索と海底のなす角をアプローチ角という)。さらに、風速30ktになるといきなり11度以上に引き起こされ、走錨を始める可能性がある(アプローチ角は、5度で危険、10度でほぼアウト。なお、野本先生の10mmのチェーンと比較して自艇の8mmのチェーンはかなり軽いということも関係する)。
  2. スコープを4倍、5倍と伸ばしていくと、より強い風に耐えるのは当然だが、一旦カテナリーが失われて海底で引きずる部分がなくなると、割合すぐにスコープ通りのアプローチ角まで行ってしまう。
  3. もう一つ意外だったのは、浅い海面で同じスコープなら(錨鎖の繰り出しが小さく重量が軽いため)カテナリーが失われる風速が下がってしまうということだ。浅いところの方がより大きなスコープを必要とする。

カテナリーは、穏やかな海況では、乗員に安心感を与える。船首からチェーンが大角度で海面に垂れ下がっていると、当然先端では殆ど海底と平行に横たわっているわけで、いかにもこれは錨が良く効きそうな感じがする。ところが、風速が一旦あるレベルを超えた途端、カテナリーは失われて錨索はほぼ直線になり、アンカーを引き起こしにかかる。カテナリーというヤツは、日頃は信頼できそうに振る舞っているくせに、条件が厳しくなった途端、「ボクそんなん知りませんやん。アプローチ角はスコープで決まるのと違いますん?」と、知らん顔で責任逃れをしてくる奴なのだ。

風速50ktでもカテナリーが維持できるような、重くて長いチェーンを積み込むのは?勿論ありだ。しかし現実的ではないだろう。
逆に、ロープでも良いから、スコープを最低10倍ぐらい取れば?勿論OKだ、その場合、ロープは直線になるとしても、アプローチ角は5度そこそこになる。が、今度はそんな広い泊地がどこにあるねんという話になる。

このことから導かれる結論は、「チェーンのカテナリーは信用してはならない。しかし、裏切り者であることを前提に上手に使え!」ということになる。
重要なことは、自艇の装備するアンカーロードで、スコープを何倍まで伸ばせば、何ノットの風までアプローチ角を維持可能なのかを正確に知っておくことだ。そうすれば一定の風まではカテナリーを活用してスコープを節約できる。風力がそれ以上になりそうなら、ためらわずにスコープを伸ばして調整すれば良い。

まあ、これまでの長いサラリーマン生活でも、都合が悪くなるとすぐ逃げる上司や部下ともそれなりに付き合ってきたわけだから、ヨットでもカテナリーを活用できないものでもあるまい。

それでは最後に計算の前提と結果

計算の前提は、海底から船首までの距離(水深+船首の高さ)を 15mと置き、スコープ S(錨索の繰り出し長さ l をhで割ったもの)を、3倍(l=45)、4倍(l=60)、5倍(l=75)のケースについてそれぞれアプローチ角 θを計算した。θがゼロ以下になる場合は、先端で海底に横たわる量(単位m)を計算している。また、hが10mと浅いケースでS=5についても計算した。

結果の θに付いている色は、赤が、アプローチ角5度以上の走錨危険域。青は、アプローチ角が0度以下で、一定量海底に横たわっているという意味で、その下に何メートル横たわっているかを計算して入れてある。
あくまで、自艇の8mmフルチェーンの場合だが、スコープ3倍では風速が30kt(15m/s)を超えると危険。スコープ5倍でも風速40kt(20m/s)が限界。それ以上になる場合は、スコープをさらに伸ばせるのでない限りエンジンで支えるなり、別の泊地に移動するなり、別の形での対処を必要とする。
このことは、もう一つ重要なことを示唆する。スコープを5倍以上取れる泊地が少ないという前提なら、オーバーサイズのアンカー(メーカー推奨サイズよりさらに上のサイズ) を積む意味はあまりないということだ。いくら大きなアンカーでも斜め上に引っ張れば簡単に抜けるわけだから。
また、それは、言い方を変えれば、アンカーだけで嵐を凌ぐのは難しいのではないかとも言えるのだろう。

コメント

  1. 藤井英世 より:

    ありがとうございました。
    大変勉強になり今後参考にさせていただきます。

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