嵐をアンカーだけで凌ぐのって無理なんじゃね?

先日、メインアンカーを換装した(主錨をスペードアンカーに換装した: https://yachtakane.com/archives/29859666-.html/)。元々のが軽すぎると感じたので、ひとまわり大きいものにしたのだが、具体的にどこまで大きくするかについては、なかなか悩ましいところがあった。

当たり前のことだが、船が安定して錨泊しているという状態は、錨が海底を掻く力(把駐力)が、船体にかかる力(風圧力、波の影響も含む)と釣り合っている状態である。

そこで、まず風圧力について見てみる。

この表を見てあらためて感じることは、風速の2乗で大きくなる風の威力である。風速40kt(20m/s)で受ける風圧力は、風速20kt(10m/s)の場合の4倍。よって風速が倍になれば、把駐力が4倍必要となる。

次に把駐力についてみてみると、錨は、同じ重さでもその形状によって把駐力に差がある。イメージでわかると思うが、ただの鉄の塊と、爪が付いて地面を引っ掻く錨なら後者の方が把駐力が高い。そこで、重量あたりの把駐力を把註力係数と呼び、一般に、同じアンカーであれば(形が相似形であれば)、重量と把駐力は比例する(厳密に言うと、重くなるに従って少し効率が良くなるようだ)。よって、風速が倍(把駐力が4倍)なら、錨は4倍近い重さが必要になるということだ。

自艇の場合。元のデルタアンカーは10kgで、15m/sまでの風では全く問題無さそうだった。チェーンの繰り出しが70kg(50m)あるとして、風圧力180kgfに耐えていたとすれば、チェーンの70kgf分(チェーンの把駐力係数は、1とされている)を差し引いて、110kgをアンカーが受け持っていたことになる、よって把駐力係数は、11ぐらいある。

これを、スペードの15kgに換えた訳だが、把駐力係数が変わらないとすれば、錨の把駐力は、165kgf、チェーンの70kgを加えて235kgf。把駐力は1.3倍にしか増えていない。風速で言えば、1.14倍、17m/sまでは大丈夫そうだと言えるに過ぎない。

因みに風速20m/s(風圧力320kgf)に耐えるためには 23kg、風速25m/s(風圧力500kgf)なら 39kgのアンカーを積む必要がある。

デルタの推定把駐力係数11がちょっと辛いのではないかとか、スペードはもう少し性能が良いのではないかという「期待」はあるけれども、そこを少しいじったところで、風速30m/sに耐えるアンカーは、重さ50kgにもなろうかというレベルになるのは変らない。取り回しが大変なだけでなく、一度打ち込んだら回収できないだろう。

こうして見てくると、我々の船に載せられる常識的なサイズに留める限り、アンカーだけで嵐を凌ぐのは、もともと無理だ。

そこで次に、運用で何とかできないか考えてみる。

一つ目は、エンジンを前進いっぱいにして錨にかかる力を軽減する方法。
もしここに、ちょうどハルスピード一杯まで速度が出るエンジンとプロペラを積んでいる船があるとして、その最大推力は(別の言い方をすると、フルード数0.4相当の剰余抵抗は)、0.02 x 排水量 ・g(単位 N) で大まかに計算できるから(ヨットデザイン原論第9章)、排水量6.5トンの船なら130kgfぐらいということになる。
よって、風速20m/sならば、40%の風圧力軽減効果があり、これは結構なものだ。しかし、風速が30m/sになると、風圧力自体が720kgfと巨大なこともあり、焼け石に水といったところだろう。

二つ目は、スナッバーの使用。スナッバーというのは、チェーンを船に繋ぐ時に間に使う3mから5mぐらいのナイロンなどの伸縮性のあるロープで(詳しくはこのへんでhttps://www.sailmagazine.com/cruising/anchor-snubber-tips)、これを使えばアンカーに一度に急激な力がかかるリスクを軽減できる。上の風圧力の表が、計算圧力の倍(ABYCなら4倍)を想定外力としているのは、波などによりアンカーに急激な力がかかることを想定しているわけで、これをスナッバーで軽減できれば、安全係数の掛け目を倍ではなく、もう少し減らせるかも知れない。ただ、これも、効果は確実にあるはずだが、どのぐらい当てにできるかはわからない。

以上をまとめると、本日の結論は次の通りとなる。

  • 常識的なサイズのアンカーを前提にする限り、アンカーだけで嵐はしのげない
  • エンジンの使用は風速20m/s以下ならそれなりの効果が期待できるが、それ以上になると効果が低減してゆく
  • 様々な手段を講じたとしても風速30m/sを超えるようなところでは、嵐は凌ぎきれない可能性が高い。

というわけで、まず嵐に遭わないようにする事が最も大切だとして、どうしてもぶち当たってしまう場合は、何とか良い泊地を見つけて逃げ込む事しかないのではないか?自分も、長期の巡航に出る前には、もう一回り大きなストームアンカーを用意しようかと思っていたが、意味が無いので止めることにした。

但、クルージング艇のなかには、メーカーの推奨値よりはるかに軽いアンカーや、性能に問題のあるアンカー(敢えて種類は述べないが)を積まれている人もいる。嵐でなくても、通常運用の荒天時(目安15m/sぐらいまで)の避泊や、エンジン不調時の緊急のアンカー使用もあり得るわけだから、自分が納得できる重さの良質なアンカーを積んでおく事は必要なんじゃないかと思う。

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