One hand for yourself, one for the ship.

「片方の手は自分のために、もう片方を船に!」

これは最も重要なシーマンシップだと思う。
どんな時でも自分自身の安全確保は最優先であるべきだ。
ただ、それにとどまらず、語順的に “for yourself” が先に来ていることにも注意すべきでは無いかと思う。もし、”for the ship” が先で、”for yourself” が後なら、「船のために作業をするときでも、自分の安全には最大限注意しなさい」という程度の意味になるだろうが、敢えて “for yourself” が先に来ているのは、「まず自分の体勢を固めることが先だ、船の仕事はそれからだ(それが船のためにもなる)」という意味を含んでいるのではないかと思う。
例えば荒天下のリーフ作業。やみくもにマストに取り付いても仕事にならない。まず体を船にハーネスでしっかり繋ぎ、足元もしっかり踏ん張って安全を確保してから作業にかかるべし。そういう事だろう。

似たような話で、着桟時に、まだ桟橋との距離が1メーターも離れている状態から、前向きに飛び移って船を手で止めようとして下さるゲストがいる。むしろヨットに乗った経験のある人がやる。船が桟橋に衝突して傷になってはいけないというお心遣いはとてもありがたいのだが、自分にとっては、ゲストに怪我をさせる方がよほどまずい。フェンダーも入っているし、少々ぶつけたぐらいで船は壊れない(というか、壊れるようなぶつけ方をしたなら、人力ではとても止まらないよ)。 船が桟橋に十分に近づいてから、ライフラインを両手で掴んで、後ろ向きに足が届くようになってから移っていただくように、都度お願いしている。

なお、写真に使わせてもらった、”One hand for yourself, one for the ship” をそのまま表題にした本の著者は、トリスタン・ジョーンズ氏、舵社から邦訳版が出版されている「信じられない航海」を書いた人だ。

この人、航海記も人生も奇想天外。「信じられない航海」は、中東戦争真っ只中のイスラエルに船を回航して世界最低標高の死海をセーリングした後、さらにケープホーンを回ってペルーまで行き、世界最高標高のチチカカ湖を航海するという冒険記で、この本がベストセラーになって、作家・冒険家として知られるようになる前は、ヨットでウイスキーの密輸をして生計を立てていたともいわれている。

この本は、副題が The essentials of single handed sailing となっている。章立てなどは、ごく普通の長期航海の指南書なのだが、随所にこの人らしい記述があり、「世界周航は、やる気があればお金なんかどうにでもなる。ただ、Drugの密輸だけはやめておけ。1−2回は成功しても、ヨット乗りの世界は狭いので、仲間の間で噂になって必ず足が付く」なんて、忠告とも体験談とも知れないことが書いてある。
一方、指南書の部分はごく常識的な内容で、わざわざ頑張って英語で読むほどでも無いような気がするが、「信じられない航海」の方は邦訳も出ているし、無茶苦茶面白いから是非読んでみられることをお勧めする。

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