太陽や星だけを頼りに、何の目印もない大海原を自由自在に駆け回るなんて、何とロマンに溢れていることだろう。天測技術は人類が手に入れた偉大な知恵だ。しかし、過去にはシーマンシップ の重要部分を占めたこの技術はもう過去の遺物になりつつあるようだ。いまでも商船学校では必修科目の一つだと聞くが、商船の実際の運用では使われなくなって久しい。航法装置が故障した場合のバックアップという理由さえ、乗員全員がGPSのついたスマホをもっている昨今ではさほど重要とは言えない。
それでもこの偉大な技術がなくなってしまって良いのだろうか。これを後世に受け継いでいくものがあるとすれば、それは、われわれヨット乗りしかないかも知れない。
と、いうほど使命感に燃えている訳でもないのだが、ふと思い立って部屋の隅っこで眠っていたセキスタントを引っ張り出してきた。
ベランダから太陽を地面のあたりまで落としてみる。昔から上手じゃなかったが、相変わらず要領が悪い。まあ、それは何回かやるうちに思い出してくるだろう。
さて、複雑な天測計算。大昔は高度方位角計算表(米村表)というものを使っていた。これがアナログ技術の極致をなすもので、複雑な天文三角の計算を対数を使って加減算だけでできるようにした画期的なものだが、それには最大6桁の加減算を5回ほど繰り返す必要がある。ゆれるヨットの船内であれをやるのは実に大変だ。そこで、ボクが昔独学で天測の勉強を始めた頃には、関数電卓を使っていた。今ならExcelでやればもっと簡単にできてしまうだろう。
ところで、関数電卓やPCで天測計算をするなら、従来の高度方位角法ではなく、サムナー法を使うのが良い。これはむしろ現在の方法が発明される前の古いやり方なのだが、従来の高度方位角法のように、推測船位から天体の方位角及び観測値との高度差を算出して位置の線を確定するのではなく、推定緯度を最低2つ設定して、それに対応する経度を算出し、緯度経度により表される2つの点を通る位置の線を引く。実はこちらの方が作図が簡単で作図誤差も少ない。
難点は、一つの位置の線を引くために、三角関数の計算を最低2回やらなければならないことで、関数電卓やPCが無い時代には計算が一回で済む高度方位角法が一般的になってしまったわけだが、電卓やPCなら計算は機械が瞬時にしてくれるわけだからサムナー法の方がはるかに便利なのだ。
野本先生の「スピン・ナ・ヤーン」にそのやり方が詳しく出ているので、Excelに計算式を入れ、実際に正しい数値を返すかどうか天測計算表に載っている例題を2つばかりこの方式で検算してみた。
例題1)
某年10月23日船舶使用時9時ごろ(時刻帯は-11時)、推定位置52度28.2分N、170度37.2分Eの海上でXVIIIページの例に示した太陽および月の観測を行い、つぎの同時観測値を得た。
太陽真高度 19度6.2分 船舶使用時 8時56分3秒
月 45度33.5分 船舶使用時 同上
この場合の船位を求めよ (Eとdは所与のものとする)
計算結果は次の通り、
サムナー法による天測計算(例題1太陽)
作図結果
この図は、例題の回答図を拡大して、サムナー法による位置の線を書き入れたもの。位置の線は殆ど重なっているが、第一の位置の線が0.1’(0.1マイル)ずれてしまった。計算に使った、a, d, hGは全て例解と同じだから、このズレの原因は、Excelの三角関数の誤差、米村表の誤差、作図誤差のどれか。ちょっと気持ち悪いけれども、昔実際にやった時には1マイル以内に入れば大成功って感じだったから、このぐらいは無視しても実害はなさそう。
続けて例題2)
某年7月2日船舶使用時10時20分ごろ(時刻帯-9時)、推定位置35度10.0分N、147度27.7分Eの海上で次の観測を行った
太陽真高度 73度26.1分 世界時 1時21分26秒
それから進路90度で13マイル航行した後に次の最大高度を観測した
太陽真高度 77度46.0分 世界時 2時13分ごろ
後測時の船位を求めよ。
計算結果
作図結果
今度は、位置の線が完全に重なった。但し、サムナー法には、真南(北)の天体の位置の線が引けない(仮定の緯度がひとつしか取れない)弱点があるため、後測時の位置の線については、別のExcelシートを用意して通常の子午線高度法の計算をしている。
こちらは、完全に計算結果が一致。
これなら、ヒマな時にいつでもお手軽に天測できそう。
ところで、結局機械に頼らないと計算できないんじゃん!の声が聞こえるような気がするが、まずはハードルを下げて、その代わりもっと気軽に六分儀を持ち出すようにしたいと思っている。所詮はヨット。遊びの道具は多い方が楽しい。
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