どのAVS(復元力喪失角)を信じれば良いの?

AVSとは正の復元モーメントが消失する角度で、それ以上のヒールをすると、船には起き上がるのとは逆に、倒れていくモーメントが発生し、最後は完全倒立に至る。但、完全倒立状態は不安定で、次の波などで安定が崩れてAVSを正の方向に超えれば、今度は起き上がりのモーメントが発生して起き上がることになる。
復元てこの距離(船の重量を掛けると復元モーメントになる)を縦軸、ヒール角度を横軸に取った曲線を、復元力曲線と呼び、下の図のような形をしている。

ここで、AVSが問題になるのは、倒れにくさの観点もさることながら、完全倒立したときに、どの程度不安定か(つまりもう一度起き上がる可能性が高いかどうか)に大きく影響するからだ。昔のたか号の事故や最近のActus-17での事故では、いずれも船が完全倒立の状態で安定してしまっていた。

以前もご紹介した野本先生の講義録によると「復元力消失角が100°ぐらいのヨットは艇長の1/4ぐらいの高さの崩れ波を横に受けると簡単に裏返しになってしまい、同じくらいの大波を受けないと正立しない」、「(AVSは)おそらく120°では十分とは言いがたく、一方140°-150°もあれば、転覆裏返しの可能性は少ない」とされている。但、先生は、「(軽排水量艇でAVSを一定以上に大きくするのは難しいから)大切なことは自分の船の限界を正しく知って行動することだと私は思う」と結論付けられている。(「外洋ヨットと転覆」ヨットの科学勉強会 OFFSHORE244号 1996年2月号 p7-8)
これが、自分の船のAVSを正確に知りたいと思う所以だ。

では自艇のAVSを知る方法はあるだろうか?それはいくつかある。

  1. EUで販売された船はSTIXとAVS、デザインカテゴリーの表示が義務付けられているからビルダーに聞けばわかる
  2. ビルダーのカタログや雑誌の艇紹介記事に出ている可能性がある
  3. IRC (International Rating Certificate)のサイトに行くと、リストがある
  4. ORC(Offshore Racing Congress)のサイトに行くと、自分の同型船のRating Certificateが検索できるので、そこでAVS(LPS= Limit of Positive Stabilityは同じ意味)を見る

ただ、問題はここからだ。

自艇のDehler36(2001) の場合、2.(Yachting Worldの紹介記事)では上の図の通りで137°もあることになっているが、3.によると(たぶん1.がソース)130°、4.は船毎の実測値なので若干のばらつきがあるが、122°近辺になっている。
因みに、ORCによるAVSは、ほぼ全ての船でIRCより小さく、ご近所で良く見かける船をいくつかピックアップしてみると、Oceanis 35.1のケースで、125(IRC)- 118(ORC)、Dufour34で、122(IRC)- 115(ORC) など、同じ傾向になっている。

IRCのAVSはISO12217-2に基づく計算によるもので、船図からの計算、一方ORCは船を浮かべて実測する。そういう意味では、ORCの数字がより信頼できるようにも思われるが、実はORCにしても、本当に船をひっくり返して測れる訳ではないから、実測するのは、Righting Moment(1度傾斜)とシアーラインから下のハルと付加物の形状であって、AVSは計算による推定値である。
また、ORCの場合、シアーラインから上は計測の対象ではないので、上部構造物の浮力は一切勘案されていない。そのことも、ISOのAVSとORCのAVSに差が出る理由であると思われる。

因みにバンディシュタットの大橋且典さんに、どの数字を一番信頼すべきか尋ねたところ、上の図にある137°のAVSは、それが本当にビルダーから提供を受けたものである限り、最も信頼して良い数字だとの事。デザイナーによる計算は、全ての上部構造物やコックピット形状等も全て含んで計算している。但、設計値であるので、建造時の誤差が発生することと、あくまで静的スタビリティーであることに留意してくださいとの事であった。

ということで、うちの場合、真のAVSは、ISOの130°から計画値の137°のどこかあたりにありそうで、最近の幅広艇などに比べればかなりコンサバだとは言えるが、倒立の心配はありませんというようなレベルからは程遠く、自艇の限界を理解して慎重に乗りましょうというのが本日の結論ですな。

コメント

  1. 小林 昇 より:

    何時も興味深く拝読させて頂いております。
    ORCはOffshore Racing Congress が正しいです。
    ISAFに包括された時は、Committeeになったりややこしい変遷もありましたが、現在はこの名称です。
    私、ORCの日本からのコングレスを拝命しておりますので、訂正させて頂きました。

  2. Koji より:

    >>1
    ありがとうございます。早速修正致します

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