「ロマンス」じゃなくて「ローマンス」なんです。

日本にも「Two years before the mast」(邦訳名「帆船航海記」、D. H. Dana)や、「Sail Ho!」(同「セイル・ホー」、Sir James Bisset)に匹敵するような、帆船の航海記があるとは知りませんでした。
この本は、米窪太刀雄氏が、東京高等商船学校時代に練習船「大成丸」で、1年3ヶ月に及ぶ訓練公開を行なった際の航海日記を朝日新聞が連載し、それを単行本化したもので、実際の航海は、1912年(明治45年)7月から1913年(大正2年)12月中旬、単行本の初版は1914年(大正3年)です(写真の本は昭和5年に平凡社の世界海洋文学全集に収められたもの)。
つまり、この航海記は現役の学生さんが実習しながらその日常を描いたもので、日々船上生活に対応するだけでも大変だろうに、それを克明に記録し文章化する能力には非凡なものを感じます。
Dana氏(後に弁護士)の航海が1834年から36年、Bisset船長(後にクイーン・エリザベスの船長)のが、1898年から1904年ですから、時代も少し違いますが、一番違いを感じるのは、練習船という特性上、ノンフィクションであれ小説であれ、帆船文学には必ず出てくる「独善的で傲慢な船長」さんが出てこないところですかね。とはいえ「大成丸」の帆装はれっきとした4本マストのバークで、今の練習帆船などと違って、学生自身が船員として働かされている感じなので、当時の帆船の操船の様子や船員の生活などが良く描写されていて興味深いです。

この本、たまたま存在を知ったものの入手困難で、神戸市の図書館で見つけて借りることができました。昭和5年の刊行ですから、漢字は舊字體(旧字体)ですし、ルビも「さうかい(爽快)」なんて旧かな遣いで振ってありますから、なかなか難敵でしたが、風情よりも内容にご興味がある方は、現代表記版が、AmazonのKindleに出ています。「海のローマンス」ではなく「海のロマンス」で検索してみて下さい。
ところで、この米窪太刀雄氏(実名 米窪満亮)の人生は、まさにジェットコースターそのものです。
「海のローマンス」で一躍有名になった後、日本郵船に、アプレンティス(見習士官)として入社し、最初の航海で乗り込んだ欧州航路往復記を「船と人」という書名で発表したのは良いが、若き船乗りの正義感というか、有り余る才能が隠しきれなかったというか、この書の中で、下級船員たちの過酷な労働や、3等船客を荷物扱いする会社の姿勢、果ては多額の利益を得ながら政府からは多額の補助金を貰い、しかも経営幹部のみがその利益に預かっているということなどを、あからさまに書いて、厳しく批判してしまった結果、郵船からは採用拒否。大阪商船や三井船舶などの大手には雇ってもらえず、中小の船会社や商社で働くのですが、第一次大戦後の不景気で会社が倒産してしまい。それを契機に日本海運組合で労働運動に没頭することになります。

余程優秀な人だったのでしょう。海員組合でも幹部になり、昭和3年には国会議員に選出されますが、今度は太平洋戦争に突入して翼賛選挙により職を失ってしまう。それでも戦争が終わると、今度は敗戦後の片山社会党内閣で初代労働大臣にまで登り詰めると、そういった具合です。
この「船と人」、古書市場ではとんでもない値段で取引されていて、図書館で借りる以外ちょっと読む方法がなさそうですが、内容は実に面白い。「そこまで書いたらまずいよ」っていう危なっかしさがまた良いんです。読むのにハードルは高いですが、お好きな方にはたまらないと思います。

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