ヨットの上で「味覚極楽」の世界

「味覚極楽」は、小説家の子母澤寛が、昭和2年ごろ、まだ新聞記者だった時代に当時の各界の著名人(貴族院議員から、茶人、役者、禅寺の高僧まで)の食へのこだわりを聞き書きした新聞連載記事に、戦後昭和30年ごろ、自身の回想を加えて単行本にしたものだ。超高級料亭の品定めがあるかと思えば、郷土料理の紹介、高僧のおそろしく粗末な食事における小さなこだわりまで、その内容は幅広く、現代に於いてなんの遜色も無い。
その中で、工夫次第で船の上でも楽しめそうなものがいくつかあるのでご紹介する。どちらかというと、大勢でやるというよりは、ひとり静かな船中泊を楽しむ時の、密やかな食事の楽しみである。

1. レンコンのつみれ汁と冷たい麦めし
増上寺の大僧正、道重信教氏曰く、「はす、殊に新蓮を焼物のおろしでおろしてこれを玉にしてゆでる、一方では、昆布のだしにうすい塩味をつけ、これに玉を入れて吸い物にし、つめたい麦めしを相手にこれを食べるうまさは、肉類などを喜んでいる人にはわかるまい。」
精進料理である。まず、家で麦飯を炊く、麦の比率は20%が良いところだろう。これを白木の弁当箱に詰めて船に持ち込む。レンコンのつみれは、精進料理だから入れるのは塩と卵白と少量の片栗粉のみ。これも家で拵えてタッパーに詰める。
さて、船に行き、手抜かず丁寧に昆布で出汁を取って、熱々のつみれ汁を作り、寒々とした冬のマリーナの船内で、ふうふう吹きながら汁を吸い、もそもそした冷たい麦飯をよく噛んで味わう訳だ。ここに高い精神性があるのである。ヒーターをじゃんじゃん効かせてご馳走を食っている近所のモータークルーザーの連中にはわかるまい。(実はこの蓮根のつみれ汁、ホントにホントに美味しかったんです) 

2. 冷たい鴨鍋
日清戦争で活躍された元海軍中将、小笠原長正(ながなり)子爵曰く、「あい鴨は醤油も砂糖もすべてほんのぽっちりにして、それへ酒を落とし薄いつゆにして、そこへ鴨だけを入れてよく煮てから一晩ぐらいそのままにして、つめたくなったところで食べると結構だ。熱い鍋は本当の味が出ないものである。」
これも前日に家で煮てからタッパーに入れて船に持ち込んだ。煮ている最中につまみ食いした熱々のカモが充分美味しかったので、冷やしてしまうのはもったいないと思っていたのだが、煮汁の中にひと晩浸したカモには、またえも言われぬ風味があり、新たな発見となった。騙されたと思ってやってみて下さい。

3. 蒲焼の長命術
貴族院議員、竹越三叉氏曰く、「土鍋へいい酒をいれて、強い火の上へかけて、はしでどんどんかき廻している。熱くなるに従ってアルコール分がたって来るのを待ち、それへマッチで手早くさっと火をつける。青い火がめらめらと燃えるが、またぱっと消える。また火をつける。それを幾度も繰返しているうちに、いくらマッチをつけても火が出ぬようになる。この前後が約三分から五分位。その熱いところへ蒲焼を入れて約一分。引上げたら、静かにたれをかけて食べる。」
スーパーで売っている鰻を電子レンジでチンして食ってもちっとも美味くないが、これなら結構いける。寄港先のスーパーで鰻を見つけたら、またやってみよう。

4. かつおの漬け
南蛮趣味研究家、永見徳太郎氏曰く、「江戸っ子が一枚着物を質に入れても食うという鰹は、長崎島原にかけて実にうまい。これを大きく皮ごとぶつ切りにして砂糖醤油へ半日から一日つけておいて、それからうすく刺身に下ろして、からし醤油で食べる。」砂糖醤油とは、南九州の甘い醤油のことだろう。手に入らなければ醤油3、みりん3、砂糖(黒砂糖かはちみつが良い)1を煮詰めて作る。
これは文句なしに美味かった。薬味の和からしが絶妙で、甘めの醤油との相性抜群。クルージング中にカツオがかかったら絶対に試してみるべきだ。

5. うどん
著者の子母澤寛氏お勧めのうどんの食べ方、「一つの鍋に適当に湯を入れ、それへ豚肉を二百目位入れて、これをぐたぐた煮立てている中へ、うどんをさっと入れる。玉が崩れてさらさらとなったところをつまみ上げて、下地をつけて食べる。うどんが芯まで熱くなっては駄目、やっと温か味が通ったか通らないか、うどんの玉が崩れたか崩れないかという、この加減がちょっと面倒だが、これを熱くしてある下地へつけて食べるのです。うどんのほんの上皮へ、豚の脂がとろりとのったところ、その脂も芯へしみてはいけない。」下地は、昆布だし4、しょうゆ1、みりん1。
但、これをやる場合うどんは腰がないと良くないので、粉のついた半生のうどんを固めに茹でてザルに取り、しっかり冷水で締めてから使う。それにはミネラルウォーターを一本丸々使ってしまう。船上では滅多とできない(してはいけない)禁断の贅沢。

さて、如何だったでしょうか?
自分の船も最近電子レンジのチンに頼りすぎて、何でもかんでも温めてました。冷たいご飯と熱々のお汁の組み合わせや、鍋をわざわざ一晩冷まして味の変化を楽しむなど、レンジなどないが故の工夫と食の楽しみ方を知ってとても新鮮でした。味覚道楽、皆さんも是非ご一読を。

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